耳をすませ、聞く

先日、聞香の会に参加してきました。

 

もう何度目かの参加ですが、毎回面白い「聞香」。

 

室町時代に花開いた聞香は

 

いくつかの香木を焚いて、その香りを当てていく遊びです。

 

「聞香」読んで字のごとく「香り」を「聞く」。

 

嗅ぐ、ではないんですね。

 

香道の先生曰く、「聴く」でもないと。

 

「聴く」は自分が中心にいて、自分に都合の良いようにきくこと。

 

「聞く」はまず世界がそこにあって、そこから聞こえてくるものを

 

ありのままにきくことなんだそうです。

 

仏道、マインドフルネスもまさにおんなじ。

 

過去にこういうことがあったな、とか

 

これからこうなるかもな、とか

 

そういうの一旦全て手放して、今ここの世界に触れる。

 

マルとかバツとか自分勝手な色付けをしないで

 

そのまんまの世界に触れること。

 

 

 

 

仏道をならうといふは、自己をならふというなり。

 

自己をならうといふは、自己を忘るるなり。

 

 

 

絶対と思ってた私の価値観=「我」

 

その「我」を手放してみよう。

 

そこにはまっさらな世界が開けているはず。

 

香道も武道も、道と名のつくものには「型」があるけど

 

「型」があるから余計なこと考えなくて済む。

 

「我」を挟まないですむんですね。

 

ヨガもおんなじ。

 

「型、アーサナ」があるから考えなくて済む。

 

「我」を入れなくて済む。

 

とても納得です。

 

 

 

さて。人生は「いま・ここ」の連続です。

 

一瞬ごとに新しい「いま・ここ」がやってくる。

 

私たちは、いまこの瞬間、過去からも未来からも自由だってこと。

 

いつでも、どの瞬間も、まっさらな人生を生きてるんだってこと。

 

さ、いまここから、まっさらな世界を生きてみませんか!!